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生きがいが見つかったあの日東日本大震災で変えられた40代女性会社員の私の人生
2021.01.05

みなさんは自分の「生きがい」があるでしょうか?「喜び」を感じながら人生を生きているでしょうか?

 

昔の私は忙しく仕事をするだけで「生きがい」や「喜び」を感じられない毎日でした。

 

そんな私を変えてくれたのは、あの東日本大震災でした。

 

今回は東日本大震災が、いかに私を変えてくれたかについてお伝えします。

震災前の忙しい日々


 
2011年当時、私はまだ独身の34歳で、東京に住んでいました。仕事は、高級ブランドのバイヤーで、その一流ブランドの服を毎日着て、バリバリ仕事をしていました。

 

華やかな一面のある仕事ですが、年に6回の海外出張と、数えきれないほどの国内出張を繰り返していました。さらに平日は夜12時まで仕事をし、土日もほぼ出勤していました。これは「過労死」する人の平均的な残業量を大幅に上回わる過酷な仕事でした。

 

しかし、当時の私は、30代の独身日本人として、今は頑張るべき世代なのだからしかたないと考えていました。そのため、そんな生き方にも、あまり疑問を抱いてはいませんでした。

 

そんな毎日が続いていた、2011年のあの日、東京の銀座のオフィスで仕事をしていた時に、突然の大きな地震が起きました。

 

その後は私を含め、誰も仕事が手がつきませんでした。ただ時間が過ぎていくのを不安な気持ちで、手持ち無沙汰に待ったのです。

 

東京では、目に見えるような被害はほとんどありませんでした。

 

しかし、同じ日本で起こっていることに衝撃を受け、まるで時間が止まってしまったようでした。

仕事を辞めることを決意!

私は、急に与えられてしまった時間の中で、いろんなことを考えました。

「仮に、急に私の命が明日取られたなら、私は「幸せな人生だった」と言えるのだろうか?」

それまで、疑問を抱かず無我夢中で仕事をしてきましたが、振り返れば友達を大切に出来ず、親を大切にできず、自分の身体も壊れる寸前。

 

今のままの生き方で人生を終えてはいけない、と強く思いました。

 

そして、私は仕事を辞めて、人生で大切にすべきことを探す時間を取りたいと思いました。

会社に退社を申し出て、その理由を伝えると、理解を示してくれ、5月末の退職が決まりました。

NPO職員として被災地に赴任


 
その後、何をするのかまだ考え始めもしないうちに、私が通っていた東京の教会と関係のあるNPOから声がかかりました。

 

彼等は、復興支援の事業を東北に立ち上げるので、6月1日に仙台に赴任出来るコーディネーターを探している、とのことでした。

それまでの仕事と、新しい仕事のタイミングがあまりにもピッタリ合い、私は運命を感じてその仕事に従事することになりました。

 

スーツケース1つで3ヶ月間、仙台で生活しました。

 

仕事の内容は、宮城県内のボランティア活動の企画運営と、亘理町のボランティアセンターでの委託職員です。

 

当然、初めての仕事なので、大変さを感じながらもとても充実した日々でした。色々な人との出会いやエピソードに、度々涙を流しました。

 

ニーズの聞き出しのために、いろんな避難所を回ると、必ずと言っていいほど、「上がっていって」と精一杯もてなそうとしてくれます。

 

家も車も流された人達が「これはみ〜んなもらった物だから、あなた達も飲みなさいよ、食べなさいよ」と、惜しげもなく与えてくれようとしてくれました。

 

津波で勤務先の工場がなくなってしまい、ボランティアに参加した女性は、ボランティアに来る途中タクシーを使ったそうです。その時、現地の運転手さんは彼女がボランティアに参加するのを知って「お代は要りません、これが私にできるボランティアです」とお金を受け取らなかったそうです。

 

被災されたご家族のお庭で、定期的な炊き出しをしていた時には、回を重ねるごとに、周辺の住民が徐々に集まるようになりました。そして、各家庭が栽培した野菜が増えていき、息子さん夫婦の家が少しずつ建てられていくのを見させてもらいました。

 

ある日開催したお祭りで、フラダンスが披露されました。それを見ていたある女性が涙を流しながら「私はもう二度と踊らないと思っていました。でも、いつかまたあの人達のように踊れる日がくるのかもしれない。私も震災前はフラダンスやってたんです」と話してくれました。

 

津波で全てを失った方達は、新しい生き方を模索しながら、少しでも前に進もうとしていました。そして、こんな状況にありながら感謝の心があることに、私やボランティア達はとても励まされました。

 

私のように生きがいを見失っていた全国の若者達も、ボランティアとして集まっていました。彼らは一致協力し、被災した方達の力になることで、被災した方達も沢山の元気をもらっていました。

 

途方にくれていた人が、生きる気力を少しずつ取り戻していく姿、その笑顔に勇気をもらう人々、そんな助け合いのサイクルに、ほんの少しですが、関わらせてもらい、私は「生きがい」「喜び」を実感しました。

結婚、そして仙台に移住

任期はたったの3ヶ月でしたが、私が震災後探していた大切な何かを、ここ宮城で掴み取り、私の人生は大きく変えられました。

 

東京に戻ってからも、度々自分は何のために生きているのか、そして明日自分の命が取られても幸せと言える人生なのかを問い続けました。

 

その結果、過去よりも、友達、家族、自分、そして与えられている時間を大切に丁寧に生きるようになったと実感しました。

 

そして、私は、それほど大切なことを教えてくれた宮城に、いつか帰りたい、と強く願うようになりました。

 

やがて、ありがたいことに、私にも結婚したいと言ってくれる男性が現れました。

 

こんな破天荒な人生送る女性には、モテなくって結婚なんかできないだろうな、と思っていたのですが、私はその男性と結婚し、子供を授かりました。

 

結婚後、主人も、震災後に仙台に移り住んだ親友の力になるため、仙台に移住することを願っていることが分かりました。

 

そして、遂に2017年に、私たちの願いが叶って、仙台に引っ越しました。今こうして家族で仙台に住んでいて、とても幸せです。

 

2011年を思い出しながら、あの震災が、私の生き方を大きく変え、今の自分があるのだと実感します。

 

震災を経験し生かされた者として、震災が私に教えてくれた、大切なことを決して忘れず、大切に生きていきたいです。

 

みなさんにとっての「生きがい」や「喜び」は何でしょうか?

 

それが見つかるように、お祈りしています。

 

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